日本基督教団 遠州教会
教会Q&A
教会Q&A:目次
Q&A
教会や聖書等々に対してよく質問される事柄をまとめてみました。皆さんの質問や疑問を探してみて下さい。
遠州教会に行きたいのですが・・・
- 聖書・讃美歌を持っていく必要がありますか。ほかにも必要なものがありますか。
聖書・讃美歌は、教会に備え付けのものがありますので、取りあえずは、それをお使いください。そのほか、特に必要なものはありません。
ただ、礼拝では、神さまへの感謝の印として献金を献げますが、これも強制ではなく、ご自由になさってください。
- 子どもがまだ小さいのですが、一緒に連れて行っていいでしょうか。
どうぞ、お子さん連れでおいでいただき、遠慮なく、礼拝堂にお入りください。ただ、礼拝中などにひどく泣いたりした場合には、じゅうたんの敷いた部屋も準備してありますので、そちらに移動されれば良いでしょう。
- 自家用車で行きたいのですが、駐車場はありますか。
どうぞおいで下さい。ただ、駐車スペースは17台分しかありませんので、来られた順にお使いいただくことになっています。けれども、体の不自由な方がおられる場合には、前もってお電話くだされば確保することもできます。
なお、電話等の連絡先はトップページに記載してあります。
- 体が不自由ですが、車椅子で行くことができるでしょうか。
どうぞおいでください。表通りの玄関側入口には階段がありますが、会堂裏(駐車場側)から来られると段差はありませんので、スムースに入ることができます。なお、礼拝堂は2階ですが、エレベーターがあります。障害者用トイレもありますので、ご安心ください。また備え付けの車椅子の用意もあります。
- 礼拝するのに、服装は何かきまりがありますか。
服装も、何の規定もなく自由ですが、礼拝とは宗教的儀礼でもありますので、そのことを考えて来られるといいでしょう。
礼拝について
- キリスト教の礼拝はどのようなものですか。
礼拝とは、私たち人間が悔いた魂と信仰によって神さまの前に立ち、祈りと讃美をもって神さまに仕え・拝むことです。
また、礼拝においては、聖書が読まれ、説教が語られますが、これらは、神さまのお働きの中心である、イエスさまの十字架の赦し・愛を説き明かすものですから、礼拝においては、神さまの救いと恵みがいつも新たにされると言っても良いでしょう。
言い換えれば、礼拝とは、神さまからの救い・恵みを受ける場なのです。
- クリスチャンでないと礼拝できないでしょうか。
厳密に言えばそうかもしれません。しかし、最初からクリスチャンという人はいないので、礼拝に出席することによって、だんだんとキリスト教の救いなどが分かってくるのですから、遠慮なく礼拝にご出席下さり、体でキリスト教の内容を味わってください。
- 朝礼拝と夕礼拝ではちがいがありますか。
内容的には、何の違いもありません。夕礼拝は人数が少ないというだけのことです。
- 献金はしなければなりませんか。何に使われるのでしょうか。
献金とは、神さまへの感謝の印ですから、ご自由になさればよいものです。
教会事業の運営経費は、どこからも援助も補助もありません。全て皆さんからの献金によって賄われています。
- 祈りや讃美歌の後のアーメンは、どういう意味でしょうか。
この言葉は、へブル語(旧約聖書の元の言葉)で、「真です」「本当です」「そうなりますようにと同意・賛成します」という意味です。ですから、いま祈った祈りは「私も本当にそう思います」という気持ちで「アーメン」と言うのです。これは讃美歌も同じで、「今まで歌った歌詞の通りです」という思いで、「アーメン」を付けるのです。
教会について
- キリストの教会はどういう団体でしょうか。
教会というと、一般には礼拝堂などの建物とか、そこでの宗教的行事を連想されるかと思います。しかし、聖書から知らされる教会とは、「キリストを信じている者の群れ」を指し、しかも自分でキリスト教を選んで集まったのではなく、神さまが集めてくださった群れなのです。従って、自分のためではなく、神さまのために仕え・働く群れなのです。
- なぜ教会の屋根などに十字架があるのでしょうか。
十字架に神さまの心…愛・赦し…が一番よく現れているからです。つまり、「この十字架の下には愛と赦しがあります!」という旗印なのです。
- 教会は何を与えてくれるでしょうか。
「罪の赦し」が与えられます。その結果、神さまの前に立つことを許され、神さまとの正しい関係の新しい人生が始まるのであり、これを「救い」と呼んでいます。
しかし最初、多くの人は、もっと目に見える具体的なもの…癒し・富ほか…を求めて教会に来るでしょう。それも決して間違いではありませんし、神さまも無視はされないでしょう。どころか、時には状況に応じて叶えてくださるでしょう。けれども教会は、そのような具体的なものが与えられることは、「恵み」であって、「救い」ではないと区別しています。これを取り違えてはいけないのです。
- 教会員になるには、どうしたらいいのでしょうか。
神さまと、その御子イエスさまの働きが、他ならぬ自分に向けられていることに気がついて悔い改め、罪の赦しの洗礼を受けることです。
- 教会で一番偉い人は誰ですか。
教会の頭(かしら)はイエス・キリストであり、誰が偉いということはありません。ただ、牧師は教会を指導しなければなりませんので、それなりの立場は持っています。
- 教会学校に子どもをやりたいのですが、どうしたらいいでしょうか。
特に手続きも必要はありません。日曜日の朝、9時から教会学校の礼拝が始まりますからそこにおいでください。持ち物は、大人と同じで備え付けの聖書ほかも教会にありますので、お使いください。献金も大人と同じです。
- 入会金などの会則があるでしょうか。
一切ありません。ただ、洗礼を受けて正式の教会員になると、それなりの責任も求められます。
キリスト教について
- キリスト教とはどういう宗教ですか。
そもそも宗教とは、人間が絶対者としての神さまを信じることから始まるものです。
キリスト教も例外ではありませんが、その特徴は、神さまがご自分のことをお示しになるために、ご自分の子であるイエスさまを地上にお遣わしになったことにあります。
即ち神さまは、遣わされたイエスさまを十字架に架けられて裁かれたのですが、それは私たちの罪を担ってのことでした。それは、本来は罪がなく裁かれなくてもよいイエスさまが私たちの身代わりになって裁かれ、その贖い(業)によって私たちの罪が赦されたのです。これが、キリスト教でいう愛です。
このように、イエスさまが神さまの子であり、あの十字架が私たちの赦しのためであったこと、即ちイエスさまが「キリスト(救い主)」であると信じることが私たちの宗教なのです。
- 他の宗教と、どこが一番違いますか。
他の宗教は、時には「人間が神さまになる」こともあり得ます。しかし、キリスト教は、絶対にそのようなことは考えられません。つまり、神さまは全てを創造された創造者であり、我々人間は「造られた被造物」にすぎないのです。
- プロテスタントとカトリックはどうちがいますか。
円と楕円を考えてください。円の中心は一つですが、楕円の中心は二つあるように、カトリック教会は楕円と同じで、中心が二つ…(1)聖書 (2)伝統(ペトロを継いでいると考えられているローマ法王)…です。しかし、プロテスタント教会は、中心は一つ、それは聖書だけなのです。
細かく言えば、他にもいろいろありますが、最大の違いは以上です。ただ覚えておいてほしいのは、非常に多くの共通点があることです。7割位でしょうか。
- 処女降誕は信じがたいですが、クリスチャンはほんとうに信じているのですか。
私たちは、物理的な目で「聖書」を考えることはいたしません。従って、処女降誕といっても、現在の生物学的上のことを現していることではなく、信仰の表現として「神の子」を現しているのです。
また神さまは、「み子を地上に遣わす時に、人の手を借りなかった」という内容をも現しているのです。
- イエス・キリストの復活を信じなければ、クリスチャンになれないのですか。
イエスさまの復活とは、人間的な「生き返り」ではありません。「甦り」の漢字が表しているように、地上の生命が終わり、死が宣告されても、その地上の生命が続くのではなく「更に生きる」という新しい質の命があることを示されたのです。
またイエスご自身が復活されたということは、死を無くされたことではなく、死をご自分の支配の下においたことを指します。一言で言えば、死よりも、イエスさまの方が強く、力が大きいということです。従って、クリスチャンにとっても、死は辛く悲しいことですが、いたずらに、死を恐れることはありません。
- 洗礼について教えてください。
洗礼とは、イエスさまの命令であり、約束ですから、教会はこの儀式を大切に守ってきました。具体的には、水を用いてその人の汚れを清めることによって罪を赦すのです。勿論、大切なことは、洗礼式を通して働く聖霊の力で、水そのものに力があるのではありません。
- 聖餐式とは何でしょうか。
イエスさまと弟子たちとの「最後の晩餐」に起源がありますが、これもイエスさまが「そうしなさい」とおっしゃったことから始まっています。そしてパンを割き、ぶどう酒を飲むことにより、信仰的に今ここにいます主イエスを味わい、確かにするのです。
聖書について
- いつごろ、また誰が書いたのですか。
聖書は、紀元前10世紀から紀元1世紀にわたって書かれており、多くは誰が書いたかはわかりません。それぞれの時代に生かされた信仰者が、感謝をもって神さまの働きを書き残したものです。
- 何が記されているのですか。
一言で言えば、「神さまの働き」です。その働きとは、明確に、私たち罪人に向けられており、神に背き続ける人間をどのように愛しておられるか、に尽きるのです。
- 分厚くてとても読む気にはなれません。どこから読んだらいいでしょうか。
キリスト教の中心は、神さまのお遣わしになった御子イエスさまですから、そのイエスさまの生涯を記した福音書から読み始められるとよいでしょう。中でも、一番簡潔に記されている「マルコによる福音書」から読み始められるのがよいと思います。
- 旧約聖書と新約聖書のちがいを教えてください。
旧約聖書の内容は、大雑把に言うと、神さまが世界をお造りになってからイエスさまをお遣わしになる前までのことで、新約聖書は、イエスさまの生涯や弟子たちの働きと、世界の完成までのことが記されています。
また旧約・新約の「約」とは、約束・契約の「約」で、いずれも神さまが人間を救うという「契約の書」なのです。
- 聖書はとても難しくてわからないのですが・・・
残念ながらそうだと思います。自分で読んでいては、分からなくなるだけですので、ぜひ教会においでください。礼拝などの公の学びに加え、牧師や信仰の先輩が丁寧に教えてくれ、さらに「聖書の読み方」をも教えてくれるはずです。
その他
- 遠州教会で結婚式をしていただけますか。
教会員でなくても挙式は可能です。ただ、そのためには準備が必要で、牧師といろいろ学びをすることになるでしょう。詳細はお問い合わせ下さい。
連絡先はトップページに記載してあります。
- 教会は日ごろ何をしているのですか。
平日にも定期的に集会があり、聖書を学び祈っています。また家庭集会と呼んでいますが、定期的に教会員の家庭で集会を開くことも行っています。
- ほかにも質問したい時は、どうしたらいいでしょうか。
どうぞ、電話でもメールでも結構ですし、直接来てくださってもかまいません。ともかく遠州教会にご連絡ください。可能な限り、お答えします。ただ、直接来られる時には、前もってお電話くだされば幸いです。
メールや電話番号など、連絡先はトップページに記載してあります。
